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(4)


…… 路面の六角板 ……


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 (あなたに平安を)




 現在、カシュガルにある路地の隅々には六角形のセメント板が敷かれています。

 確か、新疆ウイグル自治区成立30周年に当たった85年10月1日前後から順次、セメント板が敷かれるようになったと記憶しています。

 当時、各戸には上下水道設備がなく、食事準備や食器洗浄後の汚い水を捨てるには、大きなバケツに入れたものを共同水場にある汚水捨てのマンホールへ捨てていました。

 少量の汚れ水は、路地の土道に撒き捨てていました。
 土に撒くと染み込んでしまいますし、乾燥地のため湿った路面は直ぐに乾いてしまいますので、匂いもしないのです。

 しかし、六角形のセメント板を敷き詰めた路面に汚れ水を撒きますと、直ぐには乾かず、匂いも残るようになりました。
 路地居住区各地で汚水撒き散らしによる争い事が増えましたので、汚水は共同水場のマンホールへ捨てることと通達されました。

 そんなこともあってか、各戸の上水道設備に拍車がかかったのではと思います。

 上水道が設けられて家庭から出る汚水問題は解決しましたけれども、雨水にはお手上げです。

 カシュガルは大乾燥地帯に位置し、降雨量は年間100mm以下と少量なのですが、夏季、たまに強く降ることがあります。

 雨後、六角形セメント板の路面が少し低くなっている所に雨水が溜まります。
 雨が上がって自宅前の路上に雨水が溜まっていたならば、直ぐにもきれいに片付けなければなりません。

 雨水に限らずゴミ、砂なども同様で、ご近所や通行人が気持ちよく暮らし通行できるようするために清掃しなければ、争い事の種にもなりますから、放って置くと役所から清掃するようにとの指示もあります。

 そんなこともあってか、日の出前礼拝を終えた女性達の一番の仕事は、自宅前の路上と中庭の掃除です。

 妻宅前路上がほんの少し窪んでおり、雨水が溜まりやすくなっていますので、雨脚が強ければ、ご近所の人たちと世間話しながらの清掃労働があります。

 雨を渇望している大乾燥地帯に居りながら、雨水の処分をしなければならないとは皮肉な話です。




写真1: 路地には六角形セメント板が敷かれている
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写真2: 汚水をカスカン通り(職人街)のマンホールへ捨てに行く婦人
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写真3: 妻宅前に溜まった雨水を息子と後始末をする
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江上鶴也
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by oghuzkahan | 2006-11-23 01:53

(3)


…… 路地の運命 ……


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 路地居住区の各戸門扉を入ると、こぢんまりとした中庭の空間が広がります。
 中庭は、接客する場や、食事や歓談や遊びをする憩い・癒しの場になります。

 そこは、狭いながらもイスラーム伝統建築としての空間が色濃く醸し出されており、何かしらゆったりとしたゆとりのようなものが感じられます。
 
 これこそが悠久の歳月が生み出した文化なのだなと一人感じ入っています。
 
 この中庭のすばらしさは、ウイグルの「婿」となりカシュガルの妻宅住まいをするようになってから実感できました。
 ただし、この空間を身近に感じられるようになるまではかなりの時間を要しました。

 数年前のことです。
 妻宅がある路地居住区の一部を区画整備を理由に取り壊すとのお達しがありました。

 最近、上海で日本企業が突然、立ち退きを要求されたとのニュースがありましたが、中国では突然の通達で有無を言わさぬ強制立ち退きが多々散見され、土地を巡る地方政府と住民間の衝突が頻繁に起こっています。

 妻は、どうせ立ち退きになるのならば家を修理しても無駄だし、この先どうなるのかしらとしばらく様子見していました。

 下手に権力者に盾突いて恨みを買い、挙句の果てに完膚なきまでも報復されてしまうような目に遭うよりも、泣き寝入りした方が無難なこともあります。

 どうしても納得がいかない場合は、地方の裁判所に訴えても無駄に終わることが明らかですので、北京の中央政府へ陳情に出向き正義を問います。

 それで、連綿と積み重ねてきた愛着のある路地生活を奪われてしまう危機感が、住民を猛烈な抗議と直訴に駆り立てました。
 路地住民の陳情が運良く北京の中央政府を動かしたとのことです。
 
 その結果、取り壊しは中止となり、辛うじて路地生活文化を守り続けていけることになりました。

 安堵した路地居住区の住民たちは、堰を切ったように新築、リフォーム、下水工事などをしだしました。
 同様に妻もキッチンやトイレ・シャワー室を作り直しました。

 都市化への土地の有効利用、災害予防、景観等々の理由で、いずれは狭い路地も取り壊されて高層集合住宅林立へと変貌するのではないかと危惧を抱いていますが、杞憂であって欲しいと切に願っています。

 来年3月に全国人民代表大会(=中国国会)で、物権法(私有財産不可侵の権利制定)が成立する見込みです。
 今までのように地方行政が権力に物を言わせて、問答無用で土地収用することはできなくなるとの朗報があります。




写真1: 中庭で食事の準備をする妻
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写真2: 中庭から2階を見上げる息子
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写真3: 妻宅近くにある町内会モスクのリフォーム
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江上鶴也
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by oghuzkahan | 2006-11-20 01:52

(2)


…… 迷 路 ……


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 妻宅へはカシュガルの観光名所・通称カスカン通り(正式名称は 「クムデリワザヨリ」、日本語ガイドブックには 「職人街」 と紹介)から路地に入って2分ほどです。

 初めて妻宅を訪れる人には、まるで迷路をたどって来たかのように感じられるはずです。

 世界遺産になっているモロッコのマラケシュやフェズの迷路のように大規模ではありませんが、新疆ウイグル自治区ではカシュガルにしかありません。

 職人街裏の路地は、歴史的にはそれほど古くはないとのことですので、職人街を訪れる観光客が面白みのないこの路地を散策することはほとんどありません。

 私はカシュガルに数カ所ある路地居住区 「迷路」 を散策するのが好きですから、よく、ビデオカメラやフィルムカメラを持って歩き回っています。

 路地で遊ぶ子供たちに取り囲まれてビデオ撮影をじゃまされることが多々ありますが、この子供たちが実にかわいらしくて人懐っこく、色んなポーズをとってくれますので写真のモデルには事欠きません。
 写真が縁で昵懇になり21年来の知り合いが何家族もいます。

 しかし、困ったことにカシュガルの路地居住区の内2カ所は、「歴史景観保護地区」 として不動産会社に管理されており、観光客は入場料を払わねば散策できません。

 アッパクホージャ廟など他の観光名所もその不動産会社の手に渡っているとのことです。

 日本のような安上がりな委託管理だとは考えられません。

 そもそも歴史的建造物は、市の財産であり、住民共有のものでもありますが、市のお役人は文化遺産価値が分からないのか、観光事業に疎いのか、市政に対して大いに疑問を抱いています。

 自然や歴史文化遺産を保護管理し後世に伝えていくのも行政の役目です。

 市政批判を公にすることは憚られますが、お役人たちが上手く丸め込まれた結果なのだろうと想像に難くありません。

 私としては、大好きなカスカン通り(職人街)と妻宅がある路地居住区が、ウイグル生活文化の息づく地区として、後生まで生き残ってくれるようにと祈るばかりです。




写真1: カスカン通り 「職人街」 からこの路地を抜けて妻宅まで2分
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写真2: いつも子供たちにビデオ撮影をじゃまされる
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写真3: 不動産会社が管理するカシュガルの路地居住区入場券売り場
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江上鶴也
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by oghuzkahan | 2006-11-20 01:22

(1)


…… ウイグルの一員 ……


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 (あなたに平安を)




 「ウイグルの生活と文化」 と題しまして、あくまでも個人的体験に基づいたシルクロード・カシュガルに生きるウイグルの日常のごく一部分を、毎回、思いつくままにご紹介します。

 独断や偏見、また説明不足と思える表現箇所があり、読者諸氏に不快感を与えることがあればお許し下さい。

 「ウイグル人」、「ウイグル民族」 などのように、敢えて強調する以外は、「ウイグル」 と統一しますのでご了承下さい。

 また、「ウイグル」 で検索しますと豊富な情報が得られます。

 駄文 「ウイグルの生活と文化」 が、ウイグル資料としてお役に立てれば幸甚です。


 さて、私は85年4月より日本とカシュガル(中国新疆ウイグル自治区)を往復しています。
 ウイグルと出会って21年半になります。

 98年8月、イスラーム教に改宗し、モスリム(イスラーム教徒)になったと同時に挙式しました。
 妻はもちろんカシュガル出身のウイグルです。
 新居をウルムチ(新疆ウイグル自治区首都)で構えましたので、息子はウルムチで生まれました。
 息子は現在、カシュガルのウイグル小学校に通っています。
 将来、私ども両親の意志を受け継ぎ、日本とウイグルの友好に寄与してくれればと願います。


 現在、カシュガルの妻宅で起居しています。

 シルクロードに興味ある方々から羨望の的とされるかも知れませんが、私はウイグル家庭の一員として暮らしています。

 妻宅は、カシュガルの中心地にあるエティガモスクから徒歩5分程の、通称、カスカン通り(正式名称は「クムデルワザヨリ」、日本語ガイドブックには「職人街」と紹介)の裏手路地にあります。

 路地は通りから離れているため人通りが少なく、車の音も聞こえてこない頗る穏やかな生活空間が広がっています。
 その空間を緩やかに流れていく時間が、住民を和やかな生活リズムに導いているように感じます。

 夏の午睡後、こぢんまりとした中庭で、すこぶる甘露なメロンやスイカを頬張りながら日向ぼっこをしていますと、一瞬、中世にタイムスリップしたかのような感覚に襲われることもあります。

 しかし、路地に響き渡る物売りの声で、つかの間の忘我の境地から現実世界に引き戻されてしまいます。




写真1: カシュガルの中心地にあるエティガモスク
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写真2: とても甘いメロンとスイカ。1個50円前後
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写真3: 物売り。路地にはいつも物売りの声が響く
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江上鶴也
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by oghuzkahan | 2006-11-20 00:01