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…… お  茶 ……


اَلسَّلامُ عَلَيْكُمْ


アッサラームアレイコム
 (あなたに平安を)


 水は飲料用には一度沸かします。
 食事時、ウイグルはお茶を飲むのが普通なのですが、妻宅では白湯を飲み、お客があればお茶を淹れます。
 倹約しているわけではないのですが、妻はお茶の匂いが嫌いですので、家族も従っています。

 お茶はウイグル語で 「チャイ」 と言い、チャイは広東語の 「チャ」 が訛ったものと言われています。

 日本でチャイと言うと、インドの甘いミルクティーが有名ですが、インド周辺に限らず、中央アジア、中東、ロシア、北アフリカでも、チャイの呼称でお茶が愛飲されています。

 ウイグルは従来、廉価な湖南省産の茯茶(緑茶を自然発酵させた黒茶の一種)を飲用していました。
 茯茶は、アミノ酸、ビタミン、ミネラル、食物繊維などが豊富に含まれており、現在でも野菜不足がちなので、補う意味からも貴重な飲物です。

 中国内に居住するウイグルと同じトルコ系のカザフ、キルギス、またモンゴルやチベットでも茯茶を飲用しているとのことです。

 しかし、茯茶にするのは屑茶や枝茶のため、粗雑に扱われ、「収穫中にオシッコをかけられた茶葉も混ざっている」と、十数年前の新聞記事が噂となって茯茶の悪いイメージが広まりました。
 「そんな汚いお茶は飲みたくない」 と、今では紅茶が広く飲用されるようになっています。

 ウイグルはとてもユーモアのある話し好きですから、小さな出来事でも面白可笑しく話に輪を掛けますので、噂話がまことしやかな事件となって広まったりもします。

 茯茶の新聞記事は本当なのでしょうが、ウイグル商人が紅茶を広めるために、「茯茶は汚い」 と、風説を流布させたのではないかと勘繰ってもいます。

 茯茶をウイグル語ではカラ・チャイ(黒・茶)といいます。
 紅茶はキズィル・チャイ(赤・茶)と中国語の直訳ですが、以前はパミル・チャイと言っていました。

 パミル・チャイとは、パミール山脈の向こう側のチャイという意味だと思っていたのですが、郷土史家に尋ねましたら、「パミルチャイとパミール山脈とは無関係であり、昔はインドとの交易があって、湖南省の茯茶が来るまで、インド紅茶を飲んでいた」 とのことでした。
 
 新唐書・陸羽傳に 「回紇(古代ウイグル)と茶馬交易した」 と記載があります。
 
 唐、宋、明時代、茶馬交易をしていたので、ウイグルは現在と同じ茯茶を飲んでいた可能性があります。
 
 インドでお茶栽培されるようになるのが19世紀半ばですので、もしカシュガルにインド紅茶が将来されたとしたら19世紀後半になるのでしょうか。

 19世紀後半にムスリムの反乱があり、カシュガルを中心に数年の短命王国を築きますが、清の茯茶を嫌って駆逐させ代わってインド紅茶を飲むようなったのでしょうか。
  
 かつてカシュガルにイギリスやロシアの領事館があった頃、外交官はインド紅茶を飲んだでしょうが、ヘディンやスタインなど西域探検家はカシュガルでどんなお茶を飲んだのか興味があります。

 ウイグルの生活と文化に深い関わり合いのあるお茶について思い巡らせていますと、歴史の表には立たないウイグルの生活変遷が垣間見られるような気がします。
 


写真1: お店で販売されているお茶。下段左端と中央の紙包みが茯茶(カラ・チャイ)
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写真2: キズィル・パミル・チャイとウイグル語表記がある
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写真3: お茶販売会社の車。カスカン通り(職人街)
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江上鶴也
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by oghuzkahan | 2006-12-11 16:14
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